感動分析コラム第1回:いいことばかりが感動じゃない?

未分類 Text by:松本聡

~感動の背景にある「なぜ?」を知るために~

「今までで一番の感動体験は?」
そう尋ねると、みんな少し考えた後、じつに多種多様な答えが返ってきます。
遠い異国で見た大自然の姿。
子供の頃に生まれてはじめて食べた料理。
思い悩んでいた時に、ふと目に留まった一枚の絵。
答えは千差万別です。
しかし「なぜ感動したのか?」と問うと、多くの人がちょっと困った様子に。

もしかしたら、感動の理由を尋ねるなんて、とても無粋なことかもしれません。
でも、「感動を生み出したい」と思う者にとっては、そこがとても気になるところ。

だから、あえてその「なぜ?」を追求してみようじゃないか。

今回のコラムは、そんな企画です。

感動体験の当事者に感動が生まれるに至った経緯や背景を聞き、そこに潜んでいる「感動のエッセンス」を採取。回を重ねるごとにいくつものエッセンスが集まり、いつの日か、感動を生み出すレシピを考案できたら……。
そんな未来に向かって、不定期で連載を続けていく予定です。

~最初の一歩は、感動が生まれたストーリーを知ること~

感動の理由はよくわからなくても、「どのようにしてその体験に至ったか?」を聞くと、みなさんそれぞれに何らかのストーリーを語ってくれます。
そして、そのストーリーの中には、「なぜ?」につながるようなヒントがチラホラ。

本コラムも、「感動のエッセンス」を探す第一歩として、そういったストーリーを見つめることから始めてみたいと思います。

ムラヤマの社員の感動体験をサンプルにして、その体験にまつわる一連のストーリーをヒアリングするとともに、心の動きをグラフ化。その結果を基に考察していきます。

今回のサンプルは、現在、ムラヤマの人事総務部に所属する近藤さんのスキューバダイビング体験。
「幼い頃からの夢を実現する」というピュアな感動体験の背景を見つめてみると、意外なエッセンスが明らかになりました。

   

感動体験サンプル「はじめてのスキューバダイビング体験」

「子どもの頃からディズニー映画『リトル・マーメイド』が大好きで、主人公のアリエルになりたいって、ずっと思っていたんです」。その夢を叶えるために、ハワイでのスキューバダイビングを計画。ワクワク感いっぱいでハワイへ渡り、現地でライセンスを取得した後、いよいよ本番のダイビングへ。自分の呼吸と波の音だけしか聞こえない世界。無重力のような浮遊感。そして、水の中を自由に泳ぐ感覚。すべてが初めての経験でありながら、「この感覚を味わってみたかったんだ!」という喜びを実感。まさに、夢を叶える体験に。

   

この感動体験の基本構造は「夢⇒実現」というシンプルなもの。しかし、感情の動きを振り返ると、ワクワク感いっぱいの状態から一転、トレーニングの際にモチベーションが大きく落ち込んだことが強く印象に残っているそうです。その時の感情は、本人曰く「下手したら死んじゃうんだな」という恐怖。

普通に考えると、恐怖というマイナスの感情は感動を減らす要素に思えます。しかし、今回の体験において、体験の当事者である近藤は、この恐怖感も非常に大切な体験であったといいます。

全体としてみればハッピーな体験にもかかわらず、なぜ恐怖の存在が重要なのか?

早急に答えを出す前に、近藤が翌年に挑んだバリ島でのダイビング体験も見てみましょう。

感動体験サンプル「夢の実現の、その先へ」

ハワイでのダイビング初挑戦は、夢への第一歩として大切な体験となった反面、海中の景色などは思い描いたものには及ばず、少々未練の残る結果に。そこで、より感動的な海中体験を求めて、バリ島で「マンタと一緒に泳ぐ」という目標を設定。日本でもダイビング経験を重ねてスキルアップした後、いざバリ島へ渡り、より本格的なダイビングに挑戦。結果的にマンタには出会えなかったものの、予期せぬウミガメとの遭遇により、思わず叫び声をあげるほどの感動に出会う。

ハワイで感じた「満たされぬ思い」をバリ島で満たす。この感動体験もまた、一見すると「渇望⇒充足」というシンプルな基本構造に見えます。しかし、今回の体験においても、本人は海中で少なからず恐怖を感じたといいます。

ドリフトダイビング(潮の流れに身を任せるダイビンング)で感じた「自分だけ遠くへ流されてしまったらどうしよう」という恐怖感、ふと垣間見た暗く深い海底の様子と「ここに落ちたら戻って来られない」という不安感、そういった体験が、今回も非常に強く心を動かしたそうです。

「感動体験」というと、多くの人がキラキラとしたポジティブなイメージを想像するかと思います。しかし、本人曰く、2回の感動体験は「喜びと恐怖が表裏一体」であり、むしろ恐怖があったからこそ、海に対する想いが深まったといいます。

紆余曲折が「感動」を増幅させる?

2つの感動体験に共通する「歓喜」と「恐怖」の感情。 この関係性はそう簡単に紐解けるものではないとは思いますが、あえて仮説を立てるとしたら、「感情の振れ幅」という部分が一つのヒントになるかと思います。 体験者の感情の動きのグラフを見てみると、2回の体験とも、そのプロセスにおいて体験者の感情は大きくアップダウンしています。 様々な体験をする中で、気持ちが上がったり下がったり。「感情の動きの量(グラフの線の総距離)」は、直線的に感動へたどり着く場合よりも紆余曲折した分だけ増えているかと思います。ここが一つ目の注目ポイント。感動へと至る道のりでたくさんの感情の動きを経験したからこそ感動が大きくなった、と解釈できるかもしれません。

 

二つ目の注目ポイントは、感情がマイナス方向に大きく振れている部分。特に「恐怖」を感じた場面です。体験者は、この恐怖があったからこそ非常に印象深い体験になったと語っています。
いったいなぜ、恐怖というマイナスの感情が感動を高めたのか? 上で述べたことを組み合わせて考えると、たとえマイナスの感情であっても「感情の動きの量(グラフの線の総距離)」が増える要因になっているから感動が高まった、と解釈できるかもしれません。

こういったことから考えると……

目的を叶えるまでのプロセスに、より多くの「感情の動き」があった方が、より大きな感動につながる。(「感動の大きさ」は、そこへ至るプロセスにおける「感情の動きの量」に比例する)

「感情の動き」の中にマイナスの感情が含まれていても、感動を増幅する要因になり得る。

感情の起伏を意識して、体験を組み立てる。

体験設計やUX設計のためにカスタマージャーニーマップなどを作る際は、ポジティブな気持ちをいかに効率的に増幅させるかを意識するかと思います。(グラフにすると、多少の起伏はありつつも、基本的には右肩上がりにほぼまっすぐ感情が高まっていくイメージ)
しかし、今回の考察をふまえると、より印象的な感動体験を作るためには、あえて「感情的な起伏を増やすこと」を意識してみてもいいかもしれません。さらに「感情がマイナス方向へ振れる部分を作ること」も、時には効果的かもしれません。

「恐怖」という感情は極端な例なのであまり現実的ではないかもしれませんが、たとえば「見たいけど見られない」といったストレスをあえて設け、感情の起伏を大きくする。そうすることで、その先にある体験をより印象的にする。
そんな工夫も考えられるのではないでしょうか。

to be continued

手探りながらも「感動体験のエッセンス」について考えてみた今回の企画、いかがでしたでしょうか。
今回は「恐怖」という感情に注目しましたが、じつは考察の過程ではほかにもいくつか重要なエッセンスが浮かび上がりました。
特に「経験を重ねることでのスキルアップ(能力の獲得)」や「恐怖を克服したことによる喜び(緊張からの開放)」といったエッセンスは大いに気になるところ。そのあたりに関しては、今後のコラムのテーマにしてみたいと思っています。

また、感動体験の当事者である近藤は、2回のダイビングを通じて、身体的な「恐怖」が、やがて海や自然や地球に対する「畏怖」へと変わっていったといいます。その一方、最初にハワイで一緒にトレーニングを行った友人は、怖いという感情ゆえに「ダイビングはもういい」となったとか。
同じ体験をしても、その反応はさまざま。このあたりのことも、これから先、ぜひじっくりと考えていきたいところです。

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