アートから始まる、あらたなコミュニケーションの可能性。

SOLUTION Text by:松本聡

2021年10月。私たちは東京藝術大学 GEIDAI FACTORY LABのアーティストとともに、デザイン& アートフェスティバル「DESIGNART TOKYO 2021」に出展しました。コロナ禍の中、足掛け2年。作家や作品と向き合い、ビジネスにおけるアートの可能性を模索することで、多くの気づきや未来への展望を得ることとなりました。

ミラノから東京へ。

ムラヤマとアートの関わりは、2017年にさかのぼります。世界的なデザインイベントである「ミラノデザインウィーク」を視察した社員が、ほとんど理由もなく「これは見ている場合ではない。ここに出なければ!」という衝動から、帰国後すぐに社長に直談判。「おもしろそうだから挑戦してみろ」となり、東京藝術大学「GEIDAI FACTORY LAB」との共同プロジェクト「RESONANCE MATERIALS Project(RMP)」がスタートしました。

ミラノデザインウィーク2018出展の様子

ミラノデザインウィーク2019出展の様子

このような経緯でRMPは、2018年、2019年と2年にわたってミラノデザインウィークに参加し、世界各国の観客に向けて様々な作品を発表してきました。続く2020年も参加を予定していましたが、出展目前にして世界的なコロナ禍に直面。開催は延期となり、プロジェクトも一時中断に。

コロナ禍はムラヤマにもアーティストにも様々な影響を与えましたが、藝大としてはすでに進行していた作品を発表する場を模索しており、そこで「DESIGNART TOKYO 2021」への参加をムラヤマが提案。ミラノから東京へと方向転換することとなりました。

RESONANCE MATERIALS Project(RMP)とは

東京藝術大学「GEIDAI FACTORY LAB」とムラヤマの感動創造研究所が立ち上げた共同プロジェクト 。2018年の発足以来、鑑賞者とのフィジカルな行為や体験を発生させる、あるいは想起させる作品や表現を数多く生み出してきました。
「RESONANCE MATERIALS Project」WEBサイト

「不可視 Invisibility」というテーマに込めた想い

出展にあたっては当初の計画通り「不可視 Invisibility」というテーマを踏襲し、かねてより制作が進んでいた2人のアーティストの作品を展示することとなりました。このテーマは、ミラノでの会場デザインを担当する予定だった中井の発案によるものですが、その背景には、空間デザインが持つ本来的な役割である「アンビエント」という考えがあるといいます。

中井:アート作品の展示は、ビジネスとしての空間づくりとは異なり、圧倒的に作品が主役。そういう中で、まず最初に「デザイナーとして何ができるか?」を考え、そこから「アンビエント」という観点が浮かび上がってきました。

 

――アンビエントという言葉は、一般的には「環境」「雰囲気」と訳されます。

 

中井:そうですね、私としては「展示体験者のストーリー」もそこに含まれます。展示の目的は大きく言うと「体験の提供」ですが、その構成要素を考えた時、作品のみならず、作品を見て回る時間経過や、作品を見る環境も重要です。そして、そういった作品を取り巻く、時間的・空間的要素こそが「アンビエント」であり、それを操作することが自分の役割であると考えたのです。

 

――具体的には、どのようなことですか?

 

中井:空間的には音や光、時間的な部分では作品と作品をつなぐストーリー作りなど、私達はそれを「体験のデザイン」と呼んでいます。

 

――いわゆるキュレーションですね。

 

中井:そうとも言えるかもしれませんね。体験の提供とは、簡単にいうと会場に入る前と出た後で気持ちが変わる経験を味わってもらうこと。身近なところでは映画館などがその良い例で、今回の展示に関しても、まさに映画のような没入感や鑑賞後の気持ちの変化などを生み出したいと思いました。

「どのような体験をデザインするか」を検討中のコンセプトメモ

作品、空間、時間を組み合わせることで、そこでしか味わえない体験を生み出す。この発想は、藝大のメンバーも大いに賛同するところとなり、さらに「不可視 Invisibility」へと繋がります。

 

――作品を見せるための展示会なのに、不可視というテーマはなかなか斬新です。

 

中井:不可視とは、つまり「見えない」ということですが、その感覚の裏には「見える」とか「そこに何かがある」ということが前提となっているわけです。

 

――確かに、そもそも何もなかったら「見えない」なんて言葉は出てきませんよね。

 

中井:見えるはずなのに、見えない。だから、見てみたい。不可視とは、見えることや存在することへの期待ともいえます。今回の展示では、そういう感覚をどう表現するかということを軸にして、アーティストのお二人に作品を考えてもらいました。

DESIGNART TOKYO 2021出展の様子(表参道アルスギャラリー)

――中井さん自身は、どのように作品制作に関わっていったのでしょうか?

 

中井:私の役割は鑑賞者の視点で意見を言うことです。空間デザイナーならではの体験づくりのサポートですね。作品にこういう要素を盛り込むと、より面白いんじゃないか?作品と対峙した時に、どういう体験を提供すれば想像力が掻き立てられるか?などのアイデアを提供して、そこからアーティストが触発されて作品を詰めていくといった感じです。

 

――空間づくりの面では、どのようなことをされたのですか?

 

中井:主役であるアートの存在感や素材感、それを生かすための会場デザインは、サインもキャプションも映像機器もすべて「存在感を希薄にする」ことを徹底しています。光や見る角度によって壁と同化してスッと消えるような、物質感の希薄なシルバー基調のグラフィックデザインなどがその一例です。

デザイナーの中井(左)とアーティストの地村洋平さん(右)との展示プランの打合せ

想像もしなかった反応の数々

「不可視 Invisibility」というテーマをそのままに、ミラノから東京へと場所を変えて実施された作品展示は、約10日間の会期で400名の観客を集めました。そこでは、言葉や理屈を超えた反応や、作品がもたらす人と人とのつながりなど、アートが持つ様々な可能性に出会えたといいます。

地村洋平:ゴロゴロの風景

中井:僕が見た範囲だけでも、とても印象深い反応をいくつも目にしました。たとえば、機械の安全技術の研究・開発をしている方は「人間がどのような感覚で現実を認識するのか?」といった興味をお持ちで、本当に長いこと地下の空間で地村さんの作品を見ていました。いい意味で、心ここにあらずの状態。探していた答えがみつかったかはわかりませんが、すっかり自分の世界に入っていた感じで、その時その空間は完全にその人が主役になっていましたね。

 

――作品を通じて、言葉の理解を越える世界に行っていたんでしょうね

 

中井:その方からは感想のメールもいただきまして、今回の展示を社内で共有したこと、アートがコミュニケーションやインスピレーションのきっかけになりえるという期待、すでに様々なアイデアが生まれ始めていることなど、非常に嬉しいお言葉をいただきました。

 

――作品や展示を種として、そこから新しい芽が出始めていると言ってもいいかもしれません。

臼井仁美:自生するエナジー

中井:作家や作品とファンのつながりも印象深かったです。過去の展示で臼井さんの作品が好きになったという方が、今回の作品を観て「すごい進化している」といった感想を口にされていて、今後はそういう継続的な視点とかファンづくりみたいなところも大切なんじゃないかと思いました。それから、臼井さんの作品を見て「清々しい」という感想を口にされた方のことも、よく覚えています。一つひとつの作品から伝わる木の肌の様子や、それらが生み出す独特の空間は、まさに清々しいの一言。技法など細かなことももちろん素晴らしいのですが、作品世界そのものを感じていただけように思いました。

 

――確かに、あの空間は臼井さんならではのものでした。

 

中井:作品だけでなく「不可視 Invisibility」というテーマそのものに共感していただいた方もいました。その人はマッサージのお仕事をされていて、手の感触だけが頼りなんだそうです。だから、不可視というテーマや視覚以外の感覚などにとても興味があるらしく、今回の展示でも自分なりの問いにマッチするインスピレーションを探していたようです。

アートと人の距離を近づけるために

アートにはお金では測れない価値がある。アートは人間にとって絶対に必要なもの。

プロジェクトのメンバーにとっては言わずもがなのことですが、それを説明するとなると非常に難しいというのが現実。特に営利を目的とした企業がアートに関わるとなると、それはさらにシビアなものとなります。

中井:ムラヤマは感動創造を事業の軸にしていますから、アートはもちろんのこと、もっと広く「感動」ということの価値を訴えていかなければいけない。そして、そのためにはまず自分たち自身がそういう活動をしていなければダメだと思うんです。そういう意味で、今回の展示も含めて2018年から続くRMPの活動ってすごく大事なことだと思っています。

 

――しかし特に日本においては、アートの価値や意味がなかなか理解されづらい現状があります。

 

中井:日本では、まだまだアートと人の間に距離がありますからね。その点、ヨーロッパなどでは、その距離が非常に近い。美術館やギャラリーが身近にありますし、身の回りにもアートが随所にあります。ちょっと大きな話になってしまいますが、僕個人としては、今回のような取り組みを通じてアートと人との距離を近づけて行ければと思っています。

 

――そういう観点で見ると「DESIGNART TOKYO」は、人とアートの距離が非常に近いイベント。アートの方から人の暮らしに入り込んでいる感じです。

 

中井:そうなんです。そうやって近い距離で作品を展示した結果、決して数字としては大きくないですが、私たちの会場だけでも300~400人に“何か”をもたらすことができたわけです。これは、理屈抜きで素晴らしいことですし、非常に価値のあることだったと思います。

アーティスト臼井仁美さん(左から二人目)GEIDAI FACTORY LABプロデューサー三枝氏(同三人目)

Point of view

今回で3回目の展示となったRMP。

これからは「参加することに意義がある」という段階を超え、次の一歩を踏み出さなければいけないとメンバーたちは認識しています。

次の展示を念頭にRMPが目指すのは、良い作品をつくり、良い展示をするだけでなく、そこから何か新しいつながりやアクションを生み出すということ。

作家やRMP自身のファンを増やす、ともに創作をおこなう仲間を求める、活動を支援するスポンサーを募るなど、より多くの人や企業を巻き込み、継続的につながり続けることでで、あらたなネットワークやムーブメントを実現できればと考えています。

RMPの活動やアートに何らかの可能性を感じている方、または「自分たちもミラノサローネなどに出展してブランディングに役立てたい」などお考えの方がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽にお声がけください。私たちの実績をもとに、一緒に悩むところからお手伝いいたします。

RESONANCE MATERIALS Project 2021 「不可視 〜存在の試行〜」

会場:DESIGNART TOKYO 2021、表参道 アルスギャラリー (渋谷区神宮前5-13-1)
会期:2021年10月22日~31日
出展作家:地村 洋平、臼井 仁美
主催:東京藝術大学 GEIDAI FACTORY LAB
協力:感動創造研究所 (株式会社ムラヤマ)
イベントWEBサイト

Profile

中井利明 Toshiaki Nakai
株式会社ムラヤマ
プラン開発セクション クリエイティブディレクター

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